うつ病パパの復職レポート

HOW TO STOP WORRYING AND START LIVING.

女性ばかりに負担を強いる社会には未来がない!?

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女性活躍推進法が2015年に施行されて以来、「保育園落ちた日本死ね!!!」に象徴されるように、女性を取り巻く環境について活発に議論されていますね。

 

私は、ブログタイトルに「パパ」というワードを使っているくらいですから、子育てについては人一倍の関心があります。

 

また、子育てと仕事の両立に悩んでいたことも、うつ病発症の原因の一端でしたので、このブログで「家庭・育児」や「ジェンダー」について書く必要があると思い至りました。

 

「イクメン」と呼ばないで。

 

「イクメン」という括り方には違和感がありますが、私は世間的には「イクメン」と呼ばれるような生活を送っています。

 

この「イクメン」という言葉もそうですが、世の中には、まだまだ家事・育児は女性が負担するものであるという固定観念が蔓延していると感じています。

 

なぜ家事・育児に協力的なだけで、「イクメン」という特異なものとして分類するのでしょうか。

 

古い体質の職場では、「イクメン」が差別用語のような役割を果たしてしまっています。

仕事に専念しない奴、キャリアを諦めた奴というレッテルを貼られるのです。

 

言葉狩りをすることは本意ではありませんが、「イクメン」なんて呼ばないで!というのが子育てに奮闘する一人の父親の正直な気持ちです。

 

家事・育児は協力するものです。

 

「家事・育児は女性が負担するものであるという固定観念が蔓延している」と言いましたが、かなり深刻なレベルで骨の髄まで浸透してしまっている人が多く見られます。

 

例えば、こんな発言を軽々しくする人、あなたの周りにもいませんか?

・専業主婦なんだから、家事と育児は全部丸投げしとけ!

・俺より年収低いんだから、その分は家事で貢献しろ!

・共働きでも、家事と育児は女の仕事だ!

 

こういう発言ができる人って、夫婦が対等の関係だと思っていないのでしょうね。

男が上で、女が下だと勘違いしているのでしょうか。

会社などの組織で働いていて、常に上下関係を作りたがる仕事人間に、このタイプが多い気がします。

 

本来は、育児も家事も、男女関係なく協力して行うものです。

いくら仕事をしていようが、余程のブラック企業にお勤めでない限り、1年間のうち家にいる時間の方が圧倒的に長いのです。

仕事があるから家事をする時間が無いというのは、まったく理屈が通りません。

 

女性を虐げて幸せですか?

 

気付いているでしょうか?

女性ばかりに負担を強いる社会は、結局は男性にとっても生きにくい社会になってしまうということを。

 

まず現実として、先ほど述べたように、私は「イクメン」と呼ばれて肩身の狭い思いをしています。

メディアでは「イクメン」が脚光を浴びているかのように煽っていますが、現実はそうとも限らないのです。

 

また、妻にばかり家事・育児の負担をかけ続けて、家に居場所が残ると思いますか?

私は、家に帰りたがらず、終電ギリギリまで居酒屋で愚痴をこぼし続ける悲しい中高年男性をたくさん知っていますよ。

誰でも知っている大企業の話ですよ。「俺はエリートで高年収だから大丈夫」なんて思わないでください。

 

なんとなく浮かび上がってきませんか?

家事・育児に協力してこなかったため家に居場所のなくなった中高年社員が、現役の子育て世代を「イクメン」と揶揄してイジメる歪んだ社会像が。

 

あえて誇張した表現も使ってしまいましたが、10年以上も古い日本企業で働いてきた経験に照らしても、的外れなことは言っていないと自信を持っています。

 

女性に重要なポストを!

 

女性活躍となった途端、「よし、女性を働かせよう!」「とりあえず、女性を管理職に登用しよう!」といった短絡的な施策ばかりが前面に出てきてしまった感が否めません。

子育て支援体制の充実といった、最低限の政策すら出遅れているのが現実です。

 

なぜ、こうもピントがズレてしまうのか。

私の中では、答えは一つです。

 

だって、男が決めているから。

 

政治家も、官僚も、経営者も、男ばかりですよね。

 

ここからは、完全に私の勝手な思い込みであるということを断っておきますが、国や企業の方針決定に関われる立場まで出世するためには、家庭を犠牲にするしかなかった男性が多いのではないかなと思ってしまいます。

 

日本の女性の社会進出は、諸外国と比較しても遅れていると言われています。

女性はもちろんのこと、ジェンダーや思想信条の垣根を越えて、多様な人材が重要な政策を決定することで、誰にとっても生きやすい社会に近づくのではないでしょうか。

 

以上